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 明治39年(1906年)に鉱山として開かれ、昭和48年に閉山しました。この間、戦争を挟みいろいろな出来事がありました。硫黄採取が大正の末期に始まり、金、銀、銅、硫黄の採掘で当時の人口は幌別村の約20パーセントを占めていたそうです。戦後、硫黄の需要が増大し、昭和29年頃は幌別鉱山は大盛況だったそうです。しかし、昭和40年ころからは鉄の鉱脈に翳りが出て、さらに硫黄の需要が下がり始めると、衰退の一途をたどり、とうとう昭和48年閉鉱となりました。それに伴って人口の流出はとどまることを知らず、鉱山小中学校は廃校となりました。68年の歴史に幕を下ろしました。この学校跡が「ふぉれすと鉱山」として建設され、新たな歴史の発祥の地としてまた蘇りました。ふぉれすと鉱山の建物の一部は当時の校舎を使っています。未だに当時の名残も見られます。
 
 
 
 
特定非営利活動法人登別自然活動支援組織モモンガくらぶ・登別市ネイチャーセンター「ふぉれすと鉱山」
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